越天楽
近衛の曲ということで代表作である「越天楽」を聴いた(細かいことをいえば編曲だが)。本当は「大礼交声曲」を聴いてみたかったが、ロームのSP音源復刻しか存在しないようだ。歴史的音源にはあまり興味がないので……。
近衛秀麿(編曲)「越天楽」(1931)
「越天楽」は雅楽の名曲「平調 越天楽」を管弦楽編曲したものである。『音楽家・近衛秀麿の遺産』の三枝まりの解説によれば、元々雅楽に傾倒し、雅楽の採譜をしていた弟・直麿に昭和天皇即位の奉祝音楽会のため宮城道雄とともに編曲を依頼した「平調「越天楽」による箏変奏曲」(1928)が元となり、その後直麿が管弦楽のみの編曲にした版、それを秀麿が現在の形に仕上げた版といくつかの段階を経ているという。
まずやはり注目すべきは雅楽の楽器(三管・三鼓・両絃)を洋楽器に置き換えた点。対照は次の通り。
- 笙:ヴァイオリン(三群の分奏)
- 龍笛:フルート、ピッコロ
- 篳篥:オーボエ、ソプラノサックス、トランペット、Es管クラリネット、ヴィオラ、チェロ(独奏)
- 鞨鼓:小太鼓
- 鉦鼓:トライアングル
- 太鼓:大太鼓
- 箏:ホルン、ピアノ、B管クラリネット
- 琵琶:ファゴット、チェロ
打楽器は割と直接的な置き換えだし、龍笛なども音響特性が近いものを選んでいるが、笙をヴァイオリンの分奏にしたり、箏をピアノにしたりという意表をついたセレクトは実際の楽器の響き方をよく知る指揮者らしい発想という気がする。
もう一つの注目点は、これは直麿の仕事なのだが、採譜の際管楽器のファとドの音を半音上げて理論的に正確なファ# とド#にしたことである。この点をめぐって直麿は兼常清佐と論争を繰り広げたという。
この点を楽理的に説明するには知識も教養も足りないのだが、あえて理解の範疇で語ると次の通りである。本来理論的には、平調はミの音を主音とする律音階、すなわちミ-ファ#-ソ-ラ-シ-ド#-レの7音で構成されている。ところが1930年代には(そして今でも)旋律を担当する管楽器の実際の演奏ではファとドは半音下がって聞こえた。それは都節音階(ミ-ファ-ラ-シ-レ)などの俗楽の影響あってのことだろう。兼常は実際の響きを記録することにこだわったが、ロマンチストの直麿はいにしえの響きを復活させるため、理論の方に合わせて記譜した……という次第である。
お気付きのように律音階はドリア旋法と同じ構成だ。この曲がソ連で初演されたとき「フランス印象派の影響を受けている」と評されたことを近衛は笑い話として語っているが、旋法的な音階、笙を模した弦の5度堆積の響きをそのように受け取られたというのはありそうなことである。日本人が聴くと一発で「正月っぽい」となるのだが。
曲の構成はコーダ部分以外原曲に従っており、ABCABコーダとなっているが、転調やテンポの変化がないのでこのような分析はあまり意味がないかもしれない。近衛は後半の繰り返しのABは現今の演奏では省略した方がいいかもしれないとスコアの前書きで書いている。
とにもかくにもその後に続く雅楽とオーケストラという組み合わせに先鞭を付けたという意味で歴史的な作品といえる。