Allegro Tranquillo

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浜辺の歌変奏曲〜成田為三ピアノ曲全集

近衛秀麿の曲が少ないので、同じ山田門下で近衛ともからみのある成田為三のピアノ曲集を聴いた。

成田為三:ピアノ曲全集

成田為三:ピアノ曲全集

近衛秀麿 日本のオーケストラをつくった男』では、「赤い鳥童謡」をめぐる成田と近衛の音楽的な対立が取り上げられており、そこでは近衛が童謡を題材としつつも芸術歌曲を目指す立場、成田が速筆で安直な作品を多数書き上げる立場という風に位置づけられている。最大のヒット作が「浜辺の歌」という童謡であることもあり、滝廉太郎のような歌曲ばかり書いた作曲家というイメージを抱いていたのだけど、このCDに収められたピアノ曲はそうした通俗的な作曲家像を突き崩す力を持っている。

メヌエット(1917年)

東京音楽学校時代の作品。形式・和声ともに簡易で愛らしい、習作の部類といえる。

秋〜月を仰ぎて

前曲から一転してシリアスな響きに満ちた曲。本来は組曲「四季」の中の1曲だったらしいが、現存するのはこれだけ。秋と題されているものの描写的な音楽ではなく、詩情を音で綴ったような曲。ちょっと師・山田耕筰ピアノ曲に似ているかもしれない。

さくら変奏曲

古謡「さくらさくら」をテーマにした変奏曲で、9つの変奏曲+コーダから成っている。このCDに収められた中では珍しく、日本音階や箏などの邦楽的なパッセージを意識した作品。同名の宮城道雄の箏曲(1923年)を意識したのだろうか?

ピアノ・ソナタ第1楽章

成田はベルリン留学中(1922〜1926年)、ロベルト・カーンというベルリン高等音楽院の教授に個人指導を受け、ドイツ流の作曲技法を身につけた。本作もその時期の作品とみられ、堅固なソナタ形式で書かれている。いきなり情熱的な第1主題がほとばしり、続いてロマンティックな第2主題が出るがすぐにまた激流に呑まれてしまう。展開部は静かに始まり、短い中に十分な展開を見せる。ダイナミックなピアノ技法といい、ドイツ・ロマン派のマイナーな作品といわれても遜色ない出来。印刷譜は第1楽章しか残っていないらしい。

ロンド

やはり留学中の作品で、明示されていないが調性が同じト短調なことから前曲のソナタの終楽章と目されている。これまたシューマンブラームスを彷彿させる濃厚な作品。

フーゲ

これまた留学中の作品。長調ということもあり、前2曲に比べるとやや軽やかな作品。

君が代変奏曲(1942年頃)

1940年代の成田はオーケストラ曲やカンタータ等を発表し、作曲家としての円熟期を迎えていた。この時期の作品であるこの曲も大曲で、実験的な要素すら時折感じさせる。主題(エッケルトのものとは異なる独自の和声付けがされている)と12の変奏、コーダから成る。個人的には第6〜第8変奏あたりの原曲を逸脱したファンタジィあふれる展開が非常に好み。楽譜が国会図書館のデジタルコレクションで見られる

浜辺の歌変奏曲(1942年頃)

君が代変奏曲と同時期の作品。7つの変奏とコーダから成る。重厚複雑な「君が代」よりも、代表作である浜辺の歌の旋律美を生かしたこちらの方が人好きはしそう。

本CDのライナーノーツでは片山杜秀ピアノ曲以外にも管弦楽曲交響曲カンタータを発表していたことを指摘し、再評価を促している。しかし成田の作品の大部分は戦災で失われてしまったらしく、再評価はなかなか難しそうだ。ピアノ曲全集と銘打って8曲しか入っていないのがあまりに悲しい。

ところで詳細なピアノ曲解説を書いている「YM」って誰なのだろう?