Allegro Tranquillo

邦人クラシック、アニメ等

日本の吹奏楽Ⅴ 大沼哲作品集

大沼の曲を聴いてみようとしたのだが、現在入手可能なのは吹奏楽のこれ1枚だけらしい。山田があれこれ取り上げられていることを思うと悲しい。

行進曲「立派な青年」(1925)

行進曲「皇軍の門出」(不明)

行進曲「進む日の丸」(不明)

行進曲「伸びゆく日本」(不明)

行進曲「大建設」(不明)

不明となっているものはタイトルからうっすら読み取れるとおり、いずれも1930〜41年の日中戦争下で書かれたと思われる。

さてその音楽はというと……吹奏楽にもマーチにも暗いのでそのジャンル内での評価は分からないが、どれも手堅くまとまっていて、曲によっては歌心を感じるものもあるけれど(「大建設」は本来合唱付きらしい)、基本的には何の変哲もないマーチかな……という印象を越えなかった。

大行進曲「ツラン民族」(1929)

これはwwwと思わず草を生やしてしまったが、始まりこそ壮大だが主部に入ると上海雑伎団のテーマみたいな大陸的な民謡メロディーが騒がしいシンバルに乗ってうねうねと鳴り響く。続いてどことなく和風の和音主題が奏され、もう一度ずつ主題を繰り返して閉じる。本CDの中では異例なほど民族的要素を打ち出した作品。ツラン民族というのはアジア民族統一というイデオロギーの補強のために持ち出された架空の民族集団だそうだが、よくその方針に応えている(と褒められても何だろうが)。

誓忠行進曲(1925)

大正天皇銀婚式のために委嘱された曲で、吹奏楽版のほかに管弦楽版の「マルシュ・オマージュ」がある。秋山邦晴『昭和の作曲家たち』の菅原明朗インタビューだったかで傑作だと言われていたので心して聴いたが……普通の行進曲だこれ!

とはいえ先の実用マーチとは異なり、構成の面でも主題の面でもより凝っている。ファンファーレ調の第1主題と五音音階を使った歌謡的な第2主題を繰り返した後トリオに入り、舞曲風のリズムに乗って第2主題の変形が歌われる。第1、第2主題が再帰すると、コラール風の第2のトリオが現れ、最後にもう一度第1、第2主題で締める。

当時の解説では「行進のための曲ではなく、描写曲に近いもので、皇室の御慶事を寿ぐ人民歓喜の情を日本風の旋律と劇的な曲想で表現し、あるいは舞踏のリズムをもって表現する」(『作曲家大沼哲の生涯』、p.244~245)ということである。

有り体にいうと、これは大正時代の「祝典行進曲」(暖伊玖磨)なのだろうと思う。

第一前奏曲(1924)

マンドリンオーケストラの曲を吹奏楽に編曲したもの。旋法的なメロディーを各楽器が歌い呼び交わし、ドラマティックな全奏がそれに続くという流れが幾度か繰り返される。元の楽器のせいなのか、どことなくレスピーギなど近代イタリア音楽っぽい響きで、これまでのマーチとまったく違った大沼の一面がうかがえる。

奉祝前奏曲(1924)

皇太子御成婚のための祝宴曲。このCDの中では一番本格的な楽曲といえる。

変則的なソナタ形式をとっていて、厳粛な序奏から次第に気品のある第1主題が姿を現し、やがて三連符を伴う勇壮な変奏に移っていく。賛美歌風の優しい第2主題が続き、舞踏的な第3主題も登場する。ドラムロールとともに急速なパッセージで展開部が始まる。第1主題が展開された後、ややそのままの第2主題、さらに新しくこれもまた舞曲風の第4主題が追加される。再現部では第1、第2主題に続いて祝砲を思わせる大太鼓が響き、最後に「君が代」の「千代に八千代に」の部分が引用されて盛大なフィナーレを迎える。

ふたたび当時の解説を引くと「曲の初めの静かな部分は、御婚約を拝聞した国民の心中の喜悦を表現したもので、此処に出る第一主題は次第に強調され、御成婚を祝賀する国民の誠の声であり、第二主題が続き、次に出る第三主題を国民の歓呼とすれば舞曲風の第四主題は国民の欣喜雀躍を示すものと解されるであろう。やがて第一主題は再び現れ、最後に国歌の一節を以て、(中略)全曲を終る敬虔な曲である」(前掲書、p.252)ちょっと題材に引き寄せすぎな解釈の気もするが、大筋をよく解説している。

独自の試行錯誤はみられるもののソナタ形式を採用し、オーケストレーションも典雅で、この時代これだけ整った曲を曲がりなりに書けたのはやはり凄いことだと思う。祝宴曲という性質もあるのだろうが、「君が代」を引用するところとかはやはり山田と通底する感性があり、山田の同時代の曲(「明治頌歌」が1921年)と比べてみるのも面白いと思った。

ただ響きに印象派以降の陰影はみられず、フランス派とはいいながらあくまでフランキストやサン=サーンスら19世紀のフランス音楽の流れに留まっているのかなと思った。それはそれで邦人作曲家としては珍しいが。

入手可能なのはこれだけと先に書いたが、この他に『大沼哲の生涯』の著者の私家版のCDが存在し、そちらには管弦楽版の「マルシュ・オマージュ」や留学後の管弦楽作品「昭和礼賛序曲」も入っているらしい。何とか手に入れる方法はないかと思うのだが。