Allegro Tranquillo

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交響詩「暗い扉」・「曼陀羅の華」

前回のCDの残り2曲について。

交響詩「暗い扉」(1914)

ベルリン留学中に書かれた日本最初の交響詩王立音楽院の課題としてアカデミックな書法を求められた序曲・交響曲と異なり、当時の山田の関心の対象だった後期ロマン派的な響きや大規模な管弦楽を存分にふるった作品。時代の音楽潮流に一足飛びで追いついたともいえる。しかし、いきなり4管編成のオーケストラを採用するのは大胆というかなんというか。

曲は静かで低音の下降動機から始まり、二度の全奏の激発をはさみ、中盤からは冒頭の動機の変形を元に発展して法悦的な響きへ上り詰めていく。三木露風の同名の詩に基づいているということだが、元の詩が全体的に沈鬱な死への諦念で満ちているのに対し、こちらはもう少し甘やかな感じなのは、イメージ優先ということだろうか。後藤の本では、オーケストレーションをしていた時期にリヒャルト・シュトラウス交響詩死と変容」を研究していたという。

交響詩曼陀羅の華」(1914)

「暗い扉」に続いて構想された第二の交響詩。こちらは親友・斎藤佳三の詩に基づいているが、この詩は(偶然?)斎藤の父の死と同時期に執筆され、死という題材、「死と変容」とのつながりで「暗い扉」の姉妹作となっている。こちらもやはり3〜4管編成にテナーサックスと大編成。

物憂いヴァイオリンとハープ、どこか東洋的なオーボエの旋律から始まり、やがて官能的で優美な彼岸の世界が音楽的に描かれる。詩の「遠い宮殿の窓の光」に模されたフォルテッシモののち、冒頭に似た旋律が繰り返されるが、どこかの彼岸の世界の響きを引きずって締めくくられる。

個人的な好みからすると、両曲は「かちどきと平和」で見せた展開技法から退行してより単純な形式を採用しているのでやや物足りない感があるが、若き日の山田がハーモニーの豊穣さ、オーケストレーションの色彩感を志向したのもそれはそれで分かる気がする。