Allegro Tranquillo

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弦楽四重奏曲第2番、序曲、交響曲「かちどきと平和」

本を読んだところで、実際の山田の楽曲を聴いてみる。

弦楽四重奏曲第2番(1908)

東京音楽学校時代に作曲された4つの弦楽四重奏曲の1つ。後藤の本では、山田が友人の多久寅らと結成した多カルテットのために結成したとも、和声の学習のためヴェルクマイスターに推奨されたとも書かれている。

単一楽章からなり、最初と最後に同じ旋律が出るものの、途中はあまり関連のない動機のメドレーになっている。その割に対位法的な追っかけが入っていたり、やや全体的に取っちらかった印象があり、習作の感じが強い。そういいながらも、半音階的な動きなどはすでに後につながる旋律作りの才能を予感させる。

序曲ニ長調(1912)

ベルリン王立音楽院時代に書き上げた山田最初の、すなわち日本人初の管弦楽曲モーツアルト的と言ってしまいたくなる響きではあるものの、簡素ながらソナタ形式を備え、弦楽四重奏曲からは格段に進歩を感じる。

交響曲ヘ長調「かちどきと平和」(1912)

ベルリン王立音楽院の卒業制作として作成された、日本人による初の交響曲。副題の「かちどきと平和」は作曲時のスケッチには記されておらず、帰国後の1914年のコンサートでの初演時についたとのこと。 第1楽章の序奏の動機には「君が代」の一部が引用されているということだが、動機自体ヘ音の五音音階(陽旋法)でできていて、この響きから既に日本人の音楽ということを強烈に印象づけている。続くソナタ形式の展開も優美に流れる。

第2楽章は行進曲のリズムの入った牧歌的なアダージョで、ここはあまり記憶に残らないが、第3楽章のスケルツォドヴォルザークの初期の交響曲の一節ですと言われるとちょっと信じてしまうかもしれない力強い音楽。

第4楽章のファンファーレ調と行進曲調の両主題からなる勇壮で華やかなフィナーレで、この辺は後付けの副題と割合しっくりきている。 作曲年代を考えればずいぶん保守的な音楽ということになるが、ゼロから40年ちょっとでここにたどり着いたという意味で日本の洋楽史における一つの転回点であり、またそうした歴史的な価値ということを越えて、一つのクラシック楽曲として十分な魅力を備えていると思う。